伊藤孝行(名古屋工業大学 教授)
私の主な研究分野は、マルチエージェントシステム、人工知能、計算機科学、自動交渉、コレクティブインテリジェンス、ソーシャルコンピューティング、計算論的メカニズムデザイン、スマートシティ、ソフトウェア工学などである。
私の主な関心は、グローバルな世界における人々の協調と交渉の未来を構想することにある。インターネットが成長するにつれ、IT社会と計算機科学において大きなパラダイムシフトが始まった。本質的には、光ファイバーケーブルとその十分な設備のおかげで、ネットワークの帯域幅は10年前と比べて飛躍的に増大した。また、IoTのように、あらゆるモノがインターネットを介して相互に接続されようとしている。人々は、グローバルな世界における協調と交渉に対して、その拡張性と速度がもたらす巨大なメリットに気づき始めている。そのようなグローバルな協調と交渉に参加する人数の増加は容易に予想できる。
このような状況において、協調と交渉の力を高めるうえで計算機による支援は大きな役割を果たすだろう。例えば交渉の際には、計算機ソフトウェアが、不確実な効用を形づくり、より良い契約を見つけ、膨大な数の可能な契約の中から代替契約を見つけることを手助けできる。また、膨大な数の取引やコミュニケーションを処理し計算できるように、そのような交渉・協調の中枢を理論的に解析し設計することが極めて重要である。こうした理論やモデルに基づくことで、これまで世界に存在しなかった実応用を生み出すことができる。
そのような研究の取り組みの一つとして、インターネットに基づく直接民主主義的な議論が大きな注目を集めており、開かれた公共の市民フォーラムの次世代の手法の一つになりそうである。そのようなフォーラムには、効率的に合意を達成し、アイデアを合理的に統合し、炎上(フレーミング)を回避できる、体系的な方法論が必要である。我々は、大規模な市民の議論を効率的にファシリテートし、合意形成と集団的意思決定を支援するために、人工知能技術とマルチエージェントアルゴリズムを応用しようとしている。
そのような知的計算は、市民のコレクティブインテリジェンスを大いに高めるだろう。私の研究グループは、このようなパラダイムシフトの先進的な可能性を追求し、またそうした高度な技術を実世界に応用しようとしている。
例えば、我々はファシリテータ支援機能を持つCOLLAGREEと呼ばれるオープンなWebベースのフォーラムシステムを開発し、2014〜2018年を対象とする「名古屋市次期総合計画」の実際のタウンミーティングのための市の事業として、名古屋市でのインターネットによるタウンミーティングに導入した。我々の実験は、日本ファシリテーション協会の9名の専門ファシリテータとともに、2週間にわたってCOLLAGREEシステム上で行われた。参加者は理想の都市についての見解を4つのカテゴリーで議論した。COLLAGREEには266名の参加者が登録し、1,151件の意見、3,072件の訪問、18,466件の閲覧を集めた。合計1,151件の意見は、従来の対面式タウンミーティングで得られた463件の意見を大きく上回った。我々は、COLLAGREE型のインターネットに基づくタウンミーティングと、炎上的な言葉を管理し前向きな議論を促す仕組みの一つであるファシリテータの役割の重要性を明らかにした。
これほど大規模な議論や協調を経験した人は誰もいなかったため、予期しないことが数多く起こり得る。例えば、大規模な議論では「フレーミング」と呼ばれる、より望ましくない議論が非常に頻繁に起こり得る。そのような悪い議論は「グループシンク」と呼ばれる悪い集団的意思決定、すなわち局所的な集団意思決定にもつながる。実世界の小グループの議論であれば、人間のファシリテータが議論を適切に導き、集団が良い決定に至るようにする。しかし、そのような大規模議論にファシリテータを適用することは、いわば非常に新しい挑戦である。我々の名古屋市との2013年の実験では、プロのファシリテータでさえ、インターネット上のそのような大規模議論をファシリテートした経験を持っていなかった。
そこで我々は、ファシリテータが大規模な議論を導くのを支援するために、自然言語処理を含むいくつかの人工知能技術を適用した。実験で用いた技術は非常にシンプルなものであった。しかし、それらがファシリテータにとって非常に有用であることが分かった。現在、我々はこれらの技術をさらに磨き上げ、実フィールドでの実験を行おうとしている。
我々の目標は、議論や集団的意思決定を自動的に導くことができる「自動ファシリテータ」を作ることである。これは非常に大きな夢だと感じられるかもしれないが、マルチエージェント研究では、あらかじめ定義されたドメインにおいて合意やコンセンサスを自動的かつ効率的に見つけることができる「自動交渉エージェント」をすでに研究してきた。
この技術を進歩させるためには、合意と議論のプロセスを分析する方法論が大いに必要であり、それは議論と合意に関する集団プロセスについての新しい研究になるだろう。非常に精密なセンサーや映像モニタリングのツールを用いることで、議論や会議の最中の人々の非常に細かな動きや感情をとらえることが可能になるだろう。そのような動きや感情のダイナミクスを分析することで、人々がどのように良い結論(合意)あるいは悪い結論(失敗)に至るのかを理解できる。そして、人々がより良い結論に至れるように、ファシリテーションとして動的にフィードバックを与えることができる。
次の大きなものは「知的ソーシャルネットワーク」の出現だろう。上で説明したように、我々の研究が進展すれば、ソーシャルネットワークをより正確に、より速く把握することが可能になるだろう。加えて、そのソーシャルネットワーク内の人々の間の感情や影響を抽出することも可能になるだろう。さらに、そのようなソーシャルネットワークの動的な変化や動きをとらえ、分析することができる。それは「ソーシャルネットワークダイナミクス」と呼べるだろう。
そのようなソーシャルネットワークダイナミクスの振る舞いをとらえる技術を一度手にすれば、それを適切にモニタリングできる知的なプログラムを構築できる。分散された知能を管理できるマルチエージェント理論を用いれば、そのような動的なソーシャルネットワークを管理し「制御」することも可能になる。
ソーシャルネットワーク内の主体は、人々、動物、そして世界のその他のモノであると想像できる。さらに、もしそれらの主体が十分に「合理的」であれば、ゲーム理論的なマルチエージェントアルゴリズムによってそのダイナミクスを予測することが容易になる。
人工知能技術は非常に注目されており、私もその有用性に同意する。しかし、アルゴリズムそのものがそれほど進化したというよりは、実際にはむしろ反対側、すなわちシステム全体、計算、ネットワーク、人間などが非常に大きく進化したのである。例えば、(深層)ニューラルネットワークが成功した主な理由は、もちろんネットワーク自体を構築する過程における何らかのブレークスルーである。しかし、より重要な点は、技術の進化だけでなく、巨大で安定した分散・並列計算技術の進化だと私は考える。したがって、こうした計算の進化を活用するブレークスルーが、我々の生活の中で数多く生まれていくだろう。